More servicesWindows Live
HomeHotmailSpacesOneCare
 
MSN
Sign in
 
 
Spaces home  Free way ~自由道~PhotosProfileFriendsMore Tools Explore the Spaces community

Free way ~自由道~

その名の通り自由に、素直に発信しています。コメントお気軽にどうぞ~
Updated 12/28/2006
Updated 2/26/2007
Updated 3/11/2007
Updated 2/26/2007
Updated 4/9/2007
Updated 2/26/2007
Updated 9/6/2006
Updated 3/28/2007
Updated 3/29/2007
Updated 3/12/2007
Updated 4/10/2007
11/11/2007

長い間お目見えしませんでした。

本格的な更新はいつぶりだろうか。

前回が自動車部品メーカーとの鬩(せめ)ぎあいがあってからまったく更新していなかった。

その間に道内のさまざまな場所に行って、

感動の一瞬を切り取る作業は相変わらずしていましたが^^

 

溜まっていた分今回はたっぷりとお見せしましょう!!

 

前回は’077/2のサロベツ原野で止まっていましたね。

それではそれ以降に行った、場所を。

風車と朝焼け

 

Picture Date: 2007/07/03 4:01:59

Title:風車と朝焼け

理想的な色花線配

 

Picture Date: 2007/07/03 11:57:02

Title:人(し)然風景

 

留学から帰ってきて、就職し北海道を離れることがほぼ確実と知っていたことから、出来るうちにやっておこうと半ば無謀な旅に出掛けた’07 7/2,3

 

やはり旅はいいものだった。

いつも公開している風景はもちろん、人とのふれあい、地方の町並み、温度、食べ物などなど、やはりやめられないくらい素晴らしい。

 

寒い中の車中泊など辛い想い出もあるけれど、それもまた想い出で自分の中に刻みこまれている。

 

いま、関西に住居を移し一人で暮らしている。

移動手段は…… 自転車、。。

全然遠くにいけないし、平日の仕事の疲れで行く気にもなれない。

 

やはり仕事をしているなら3、4日くらいの休日がなくては、あのような旅は出来ないだろうなと思う。

まずは目標として“楽しい”クルマを持つことかな。

 

乗っていてワクワクする、一体となって移動していると実感できるクルマが欲しい。

 

話しは少し変わって、やっぱり故郷、留学で行ったカナダから離れて、仕事中にふとフラッシュバックのように景色が思い浮かぶときがある。

 

まだ全然こっちに溶け込んだとは思わないけれど、もうすでに「やっぱり自分は自然の中でしか居られない人間なのかな」と思ってしまう。

 

モノの豊かさはこっちのほうがいいけれど、

ココロの豊かさが育たない気がする。

 

自分がこっちに住んでいるからか、どうも全国のニュースなどでも自分の地域の悪い事件が多い気がしてならない。

 

うーーーん、ただもっと情報を手に入れて、自分なりに答えを出したいと思う。

留学と違って、仕事をしている身だから、なかなかその答えが出るにはしばらく時間がかかりそうですが。

 

次はサロベツ原野―富良野・美瑛の旅行から約1ヶ月経った’07 8/5にいった場所です。

早く起きることが苦手なので、昼ころに出発してしまい、この場所に着いた時間は午後6時半頃

やっと少し太陽が見えるかどうかという時間でした。

大切な刻

 

 

撮影日時:2007/08/05 18:57:14

題 名: 大切な刻

 

題名がなんとなく格好つけていますが、意味としては高校友達で卒業後も何度か遊んだことのあった友人と行った貴重な時間で行った北竜町のひまわり畑、やはり今年は降水量が足りなかったのか背丈が昨年に比べて6・7割ほどで見ごたえが足りなかったように思います。

 

 

自分のホームページ(ブログ)の右側には、中山峠の画像を表示していますが、なにやら白い雪のようなものが路肩に積もっている様に見えますね^^;

 

もうそんな季節かーと遠くはなれた土地から見ている宗市郎は北海道民。

 

こっちは夜ジャケットを着て自転車で走って丁度いいくらいの温度(10度後半)なので日本は縦に長いな~と思った今。

 

こっちでもっと充実した時間を送りたいと心底願っています。

8/27/2007

今まで

就職活動をしていました。

自動車部品某メーカーから難題を突きつけられ、文章との格闘が続いていました。

先々週の18日にやっと提出をし、本当の意味で自由となったので、こうやってブログの更新も、している訳です^^;

 

自分に「しなければいけないこと」を抱えていると、何をするにしても、心の隅には俺はやらなければいけないことがあるのに、何をしているんだ?っていう、気持ちにさえなっていました。

当たり前といえば当たり前なんですが、そこも性格の違いが出るところでしょうかね

 

でもすることは、ちゃーんとしていたんですが

もちろん旅芸人宗市郎っぷりを()←大学友達G命名

 

それでは、手始めに近所の夕焼けを

近所といっても、石狩からの撮影です。

本当は日本海と夕焼けの画を狙っていたのですが、時間が間に合わず仕方なく途中でクルマを止めて撮影しましたが、畑に陽が反射して綺麗にみえました。

 

石狩晩

Title: Reflexion Plant

Picture Date: 2007/06/30 19:14

 

帰国が6月の5日、就職活動という厳しい現実を前に「逃げ」と「これから出来なくなる」ということを自分自身に言い訳を付けて、遠出をしていました。

 

その中でも最も時間や距離を費やした道北4年ぶり?の旅。

いつもの通り、北海道で有名な山付近でも行こうかと午前5時ころに考えましたが、あまりも普通のパターン過ぎて、向かいながら考えていると、丁度小樽付近で「あ!稚内にはしばらく(4年以上)行ってないな。」ということで、まだ交通量も少ない時間に移動してしまおうと思い、手塩の道の駅までほぼ直行。

 

青空がこのように印象的でした。

色彩手塩

 

撮影日時:2007/07/02 09:10

 

太陽がまぶしく、それにしたがって車内の温度もかなり暑くなったので、

 

旭温泉という場所に行ってみました。自分の温泉の好みとして、

     濁っている②かけ流し③近代的過ぎない施設

で、それにマッチした温泉として試しに行ってみました。

 

感想としては、なんっていうか本当はここには書きたくないくらい、いい温泉でした。

外観と違う中の雰囲気、泉質どれをとってもトップクラス。

 ただし、中でかかっている音楽が雰囲気をぶち壊していました、なんじゃありゃ…

 

さっぱりしたところで、眠気が。。

近くの野原で仮眠をとりました、まさに自然に囲まれた睡眠で、暑さが無ければ快眠だったはずです(苦笑)

 

そして、仮眠後いざ稚内。と思ったのですが、

地図で周辺を見るとサロベツ原野という文字が、いかにも自然風景満載のような文字ではないですか☆

 

ということで行ってみると…

 

惹きつけられるような、大草原!!

 

いい時間をすごさせていただきました^^

花富士
青サロベツ原野
暮れなずむ刻

 

撮影日時:2007/07/02 4~5時頃

 

続きは次回?! 

7/12/2007

長い間お目見えしませんで。

長い間お目見えしませんで、すみません。

今回はその分長文と、写真を盛りだくさんでお送りします!

まずカナディアンロッキー(キャンモア-Canmore)から自分が気に入った風景を。

奇跡の泉

Picture Date: 2007/05/25 12:26(?)←日付設定が曖昧な為

この場所は“カナディアン・ロッキーで暮らす”というブログのCanadianlifeさんに地図まで渡して教えていただいた場所です。 宿の手配までしてくれたカナディアンロッキーの恩人です。

地図を渡していただき、あの画像の場所にたどり着く途中は軽い登山道だったのですが、

分かれ道でEasy or More difficultとあったので、

Direction

冒険心から行きでMore difficultを選んだのが大間違いでした… めちゃめちゃ急だし、滑るし、すぐそこは崖だし、

カメラは落として凹むし。。

この帰り道はEasyだったのですが、この簡単なこと。。 苦労の苦の字もありませんでした↓イイオモイデ デス。

 

こんなに更新が遅れてしまったのは、

就職活動・プライベート・更新といった時間の中で

更新の作業というのはおろそかになってしまいます。

ということで長い間お待たせして、申し訳ありませんでした。

もう1ヶ月以上前

カナディアンロッキーなどの西方の旅行から約1週間たった日本時間の6月5日午後10時30分に無事新千歳空港-北海道に到着!!!

いままで学校などの場で出会ってきた友人に別れを告げ、帰国したときにはうれしいのか、悲しいのか微妙な心境でしたが、自分はこの時期に帰ってきてよかったと思っています。

飛行機内より

ウィニペグ~カルガリーの間だったと思われます。

in Airplane

旅行から帰ってきてトロントに無事ついたのですが、翌日から体調が優れず残り少ない時間を棒に振っていました。

 脱力感、熱、腹痛、頭痛、のどの痛みなどの症状を発症していました。

その原因のひとつとして、寒暖の差が…?? I have no idea.

5月中旬のロッキーの気温は一桁台、トロントに帰ると30度近く。。 しかも湿度が高く蒸し暑い  状態でした。

北海道民の自分にとってはどっちがすごしやすいか言わずともわかると思うのですが、ロッキーのほうが自分には向いていましたね。

 

しかも多種多様なあの景色を見ていると元気になってきますよ!普通は。

 

日本の景色~北海道の景色もお見せしましょう!

帰ってきてから絶対見たかった芝桜、行った日はあいにくの天気で時々雨もパラパラと来ていました。。 せっかくのピンク色がちょっとイマイチでしたね… しかもピークを過ぎた感が。

場所は有名な滝上町です。

滝上

Title: bloom ground

Picture Date: 2007/06/10 15:22

滝上 with Butterfly

Title: pink ground on butterfly

Picture Date: 2007/06/10 14:45

 

雨がかなり強く降ってきたので、この場を後にしようか迷っていたところ、ふと右の車に目をやるとおじいさんがいて会釈をするとクルマから出てきて、「ちょっといいかい?」っていうのでクルマに乗せたら道を聞ききたかったらしく、旭川に行く道を教えてあげました。そのおじいさんは釧路方面から滝上に来ていたらしく、東藻琴の芝桜もいろんな色があって、しかも回りも畑とか自然がいっぱいだぞぅという話を聞いたので、思い切って東藻琴の芝桜へ直行したのでありました。

※クルマの中でそのおじいさんと話をしているとおばあちゃんが買い物か、トイレから帰ってきたらしく、自分の車に乗っているおじいさんにビックリしていました(笑) いい夫婦でした☆

それで次の写真はその向かう道で霧がかった神秘的な田舎の村の風景です。

Fog Field

Title: Mysterious Scene

Picture Date: 2007/06/10 17:48

 

東藻琴の画像は次回にしましょうか。 ここの写真に表示してある時間の通り、東藻琴に着いた時間は日が落ちた時間でした… 残念でした。。

 

最後に同日に撮った田んぼの写真(Reflection)

Reflection of Rice Field

Title: Reflection from Rice field

Picture Date: 2007/06/10 18:17

4/24/2007

ピンクの絨毯/総括

The Carpet of Pink

一面のピンクの絨毯 The Carpet of Pink

Picture DATE: 2004/05/30 13:51

 

3年前の滝上町での画です。

3年前といえば大学時代だったのですが、周りの友達はお酒を飲みに行ったりして若々しく(オヤジ言葉)活動しているころ、このころから自分は自然などに興味があって300km以上離れているこの町・場所まで足を伸ばしました。

 まわりは年配者ばかりでしたがそれでも、和やかな雰囲気・空気・緑のなか歩いたこの道は今でも忘れません。地元に帰ったら絶対見るぞ!!!

 

トロントは春の陽気というか、夏の熱気が街をつつんでいます。

真冬のあの寒さに比べたらこの暑さ(20-23℃)は熱気ですよ、、、

上着が必要ないっていうのは本当に不思議な気持ちです。

 それに新緑の“みどり”!! まだ木は葉がついていませんがあの芝の青々さを見るとすがすがしい気持ちになります。

 

 ただ心配なのはトロントの気候は本当に気まぐれで、15度くらいで暖かいなぁと思ったら次の日に0度という日もあり、この気候は何とも理解しにくいです。。。

 頼むからこのまま暖かい日が続いて、木の新緑をみせてくれ~~ ^^

 

ちなみに明日から学校のクラスが変わります。一緒に住んでいた友達が今行っている学校の話をしてくれたのですが、その友達はロシア、ドイツ、フランスなどなどの国際色豊かな学校だよ。といっていたので、次の学校はそこしかない!!と思って入ったのですが、ここ最近のワーキングホリデービザを持つ日本人が一気にやってきて、学校のどこを見渡しても日本人、日本人…

 

自分の夢が…

 

なんとなく思った。よく韓国人とかと一緒にいて発音が明らかにおかしいんだけど指摘すると自分はあっている!!っていう反応で帰ってくる、どうしたら円満に解決できるのだろうか。

最近はそれで揉めるのが嫌なので、知らないふりをしているが。。

 

<核の総括>

―私の意見―

 

2回に渡って書いた内容は核問題でした。

10時間以上かかって書きましたがこれでもまだ途中といっても過言ではありません。ですが、

起こっている問題を親身に感じていただけたらと思います。

原子力発電=核 これから書く内容は本当に大きな問題です。毎回真剣な話題ばかり書いていますが、どうしても声を上げなければいけない問題であると思っていますし、のちのちの将来に残してはいけない負の遺産を考えてもらいたく書きました。

今さえよければいい、自分さえ良ければいい何て事は絶対に考えてはいけないと思います。幸せに感じている裏にはさまざまなことがあることを感じて欲しいと思います。


総括して
 原子力の重大な問題のひとつにはプルトニウムがあります。原子力発電所から発生し、再処理され取り出されたプルトニウムはさまざまな危険性を含んでいます。たとえば、原爆にもなるし、テロリストが手に入れたなら簡単にTNT火薬の数万、数十万トン分の核爆弾が簡単に出来てしまう。ちなみに長崎の原爆はTNT火薬で22,000t広島は15,000tぶんの威力があったとされる。核爆弾を作るために必要なプルトニウムは最低で1~2kgとされていますが、日本は43775kg Pu=44tものプルトニウムを持っています。
即ち長崎型原爆が8kgのプルトニウムを使っていますので、43775÷
8=約5500発の原爆が作れるという計算になります。しかも、今年の夏ごろに計画されている青森の六ヶ所村では毎年8トンものプルトニウムを抽出します。。。

おまけにイギリスにある再処理工場セラフィードからは強力なガンマ線を出すセシウム137が広範囲に広がり大問題となっています。それと同じ現象が日本でも起きようとしているのです、当初除去されることが計画されていたが、見送られ海へ空気中へ放出されます。


 いまここを見ている人は北海道の方が多いと思いますが、もし今年から運行すれば噴火湾や日本海側、そして太平洋側の魚介類が恐くなって食べれなくなる日もそう遠くは無いことは間違いないです。
 知らぬ間にこんなことになっているなんて自分を含め知らなかった人がいると思います。もう数兆円をかけて建設したこの建物、自分たちが知識を持って、声を上げるしかないと思います。裏にはお金だけが重要で推進している政治家・電力会社などの腹黒い人たちがが大勢ですから


参考資料
http://www.gensuikin.org/npp/aomori49.htm
http://www.cnfc.or.jp/j/arsenal/index.html

核問題2回目

Lot of SunReflexion

Lot of SunReflexion撮影日時:2007/04/18 18:31

今週末は天気の暖かく(20度前後)気持ちのいい日が続きそうです。

先日のMLB、ロジャースセンターに行く前に撮ったものです。

晴天に恵まれ、日差しが凄く強かったのを思い出します。


 

今回の<今日の話>約6時間以上を費やしましたかね…

それでもまだ完全な出来栄えとは言えませんが、文字ばかりでつまらない。と言わずに見てください。平和だと思って生活しているかもしれませんが、すぐそこには忍び寄るRADIOACTIVITYの問題が。。。

<今日の話>

Nuclear 2

 

前回(←重要,click)

読む前にみてください。
 

記述した素人の施工者、責任者、許可者のほとんどが素人という原子力発電の現状。

 

前回の記述の通り原子力発電の現状というのは散々たるものです。

原発の定期点検では外に放射能を持ち出さないために着る防護服、これは放射能から実を守る構造にはなっておらず、簡単に放射能を通してしまいます。

そうすると、防護服を通してしまった放射能をどうするか?

それは、体に付着した放射能がゼロになるまでシャワーで洗い流すのです。

もちろんその体を流れたシャワー(水)はどうなっているか、どうなるか?

放射能を含んで、海へと流れます。

 

それだけではなく、定期点検で再び循環した冷却水は放射能を含み海へと流れ

通常の発電で発生する温排水もまた海へと流れ出ているのです。海へと放射能(中性子)が流れるしくみ

保護服も海水で洗い流しているのもまたこれも事実なのです。

 

あと0.7秒の幸運

美浜原子力発電所では1991年2月に細管が破断した事件では、チェルノブイリ原発と同じように放射能が日本全国に拡散しうる事件でした。一番最後の手段のECCS(緊急炉心冷却装置)を手動で動かして原発を止めたという事件。ベテランがとっさの判断で行ったから何とか助かったものの、ほんの0.7秒でチェルノブイリのような大事件になるところでした。

廃墟と化したチェルノブイリ発電所付近
廃墟と化したチェルノブイリ

それがなければ、一生私たちは白血病などの病気で苦しみ続けていたでしょうね、、。

チェルノブイリ発電所の悲惨な状態はここをクリックしてください。

 

たまにニュースでは核実験の話題が入るときがありますが<現在はイランなど。>

フランスの核実験では、日本の原発から出たプルトニウムが使われたらしいのです。日本は原発からでた低レベル放射能廃棄物をフランスに送り、プルトニウム(半減期は2万4千年…)と高レベル放射能廃棄物が帰ってきます。日本はその“再処理”にとてつもないお金を使ってきているのです。

 

たまに言われる、原発はコスト安といわれますがこの“一番大事な”放射線廃棄物のコストを無視して算出しています。

 

動中の原発で、機械に付いている大きなネジが一本緩んだことがあり、動いている原発は放射能の量が物凄いので、その一本のネジを締めるのに働く人三十人を用意しました。一列に並んで、ヨーイドンで七メートルくらい先にあるネジまで走って行き、行って、一、二、三と数えるくらいで、もうアラームメーターがビーッと鳴る。

中には走って行って、ネジを締めるスパナはどこにあるんだ?といったら、もう終わりの人もいる。ネジをたった一山、二山、三山締めるだけで百六十人分、金額で四百万円くらいのコストがかかったらしい。

 

労働環境-被爆労働者>>奴隷?

 

最も過酷な労働は、修理をする人達が現場で働く前にその現場の放射能をぞうきんで拭き取る作業をする清掃労働です。これに最も大量の労働者が動員されます。そこで働くのは、農村、漁村からの出稼ぎ労働者、それからヨセバ労働者、野宿労働者など、社会の最下層労働者が主に従事します。

今、福島第一原発というよりは、今年からは敦賀第1原発、来年からは、恐らく島根原発で。原子炉の一番中心部にありますシュラウドという構造体の交換作業が行われています。原子炉の中に千人余りの労働者が入って参加します。それはもう今まで考えられたことのないほど、過酷な被爆労働になります。

 

抜粋

原子力問題は、基本的にいって、タブーです。原子力と日の丸の問題は、日本ではタブーです。ですから、原子力を扱ったジャーナリストは、飛ばされますよ。知ってても報道しない、できない。ちゃんとした報道ディレクターは、ためて 一発報道して、転職する。特に被爆労働の問題は、難しい問題で差別の構造になります。

今、自分は、ヨセバ野宿者に「原発に行くな、殺されるぞ」いうチラシを配るということをしています。今、横浜の駅周辺の野宿者のパトロールを手伝いながら、日本中の野宿者にメッセージを送るということをしてますが、そこにどういう人達がいるかというと、在日朝鮮韓国人、被差別部落の人達、アイヌの人達、琉球の人達、こういう人達がいるわけです。

こういう人達が汚い、臭い、恐いなどという差別蔑称の中で路上で暮らしているわけですが、その人達にメッセージを伝えると、いうことを市民運動でお手伝いをお願いしてもいわゆる市民運動の中にも、差別意識といものがあって、もちろんマスコミ、ジャーナリズムの中にも差別意識があって、その人達の人権を守ろうとする僕たちの運動を支援する人達は、極めて少ないというのが現状です。

そういう中で、Kさんという五十二才の男性の問題について関わっています。四年、もうすぐ五年になりますが、福井県の大井原発に溶接工として働きに行ったKさんは、実は、新聞広告で溶接を求めているというのを見ていったのですが、ところが現場では溶接ではなく、蒸気発生器の交換作業だったのですね。しかも仕事は、ようじょうという、要するに汚染されたところを雑きんで拭いたり、ビニールシートで貼ったり、という作業が主だったのです。

ある日、配管を切る作業があって、その配管の中にもし少しでも水が残っていると、放射能が出るのから危ないというので、二人で下でビニールシートで持って、こぼれた水を漉くおうとしていら、その配管が生きていた、つまり、水を抜いていなかったので

上から(放射能を含んだ)大量の水を頭から浴びた。

 

それで、恐くなってやめて帰ってきたのですが、それから、寝たり起きたりの生活が続いておりまして、ヘモクロマトーシスという大変な難病にかかっています。入退院を繰り返して生活保護を受けて暮らしていますけれども、おととい、倒れて救急車で運ばれた、という連絡がり、そのあと、連絡がとれなくなっています。そういう人達がたくさん入るわけですが、見殺しになる訳です。

これまで原発で働いた人の数は三十万人です。これまで、恐らく数百人の規模でなくなっていると思われますけど、野宿者とか、そういう人達は、補償がないものですからね。場合によっては、住民票もないわけですから、全く闇の中です。そういう人達の命と引き換えの、犠牲の上にしか成立しない原子力というものが、人間として許さないという立場を私はとっています。

 

過去の放射線廃棄物のゆくえ

全国の原発で約八〇万本以上溜まっています。

 日本が原発を始めてから一九六九年までは、

どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。

 

その頃はそれが当たり前だったのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉の沖 に捨てに行っていました。

 しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろうかと思ったのがはじめでした。

 現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。全部で三百万本のドラム缶をこれから三百年間管理すると言っていますが、一体、三百年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が三百年間も続くのかどうか。

それに、六ヶ所村の再処理施設は、事故が起きなくても1日で日本中の原発が1年間で出すのとほぼ同量の放射能(いわゆる死の灰など)を排出するといわれています。半分は空気中、半分は海に捨てられます。

六ヶ所村 広域図
六ヶ所村-広域

六ヶ所村 詳域図
六ヶ所村

 

日本の原発は今までは放射能を一切出していませんと、何十年もウソをついてきた。でもそういうウソがつけなくなったのです。

 原発にある高い排気塔からは、放射能が出ています。出ているんではなくて、出しているんですが、二四時間放射能を出していますから、その周辺に住んでいる人たちは、一日中、放射能をあびて被曝しているのです。

 

ある女性から手紙が来ました。二三歳です。便箋に涙の跡がにじんでいました。「東京で就職して恋愛し、結婚が決まって、結納も交わしました。ところが突然相手から婚約を解消されてしまったのです。相手の人は、君には何にも悪い所はない、自分も一緒になりたいと思っている。でも、親たちから、あなたが福井県の敦賀で十数年間育っている。原発の周辺では白血病の子どもが生まれる確率が高いという。白血病の孫の顔はふびんで見たくない。だから結婚するのはやめてくれ、といわれたからと。私が何か悪いことしましたか」と書いてありました。この娘さんに何の罪がありますか。こういう話が方々で起きています。

 この話は原発現地の話ではない、東京で起きた話なんですよ、東京で。皆さんは、原発で働いていた男性と自分の娘とか、この女性のように、原発の近くで育った娘さんと自分の息子とかの結婚を心から喜べますか。若い人も、そういう人と恋愛するかも知れないですから、まったく人ごとではないんです。 こういう差別の話は、言えば差別になる。でも言わなければ分からないことなんです。原発に反対している人も、原発は事故や故障が怖いだけではない、こういうことが起きるから原発はいやなんだと言って欲しいと思います。原発は事故だけではなしに、人の心まで壊しているのですから。

 

 

子供を産める体なの???

 

泊原子力発電所の隣町共和町での話。

その講演会は夜の集まりでしたが、父母と教職員が半々くらいで、およそ三百人くらいの人が来ていました。その中には中学生や高校生もいました。原発は今の大人の問題ではない、私たち子どもの問題だからと聞きに来ていたのです。

 話が一通り終わったので、私が質問はありませんかというと、中学二年の女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。

 

 「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来ているのかと。今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運動するふりばかりしている。私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、二四時間被曝している。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高いというのは、本を読んで知っている。私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」と、泣きながら三百人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答えてあげられない。

 「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号機も造らせたじゃないのか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」と。ちょうど、泊原発の二号機が試運転に入った時だったんです。

 

 「何で、今になってこういう集会しているのか分からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている」と言う。

 

 「二基目が出来て、今までの倍私は放射能を浴びている。でも私は北海道から逃げない」って、泣きながら訴えました。

 

 私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあるの」と聞きましたら、「この会場には先生やお母さんも来ている、でも、話したことはない」と言います。「女の子同志ではいつもその話をしている。結婚もできない、子どもも産めない」って。

 担任の先生たちも、今の生徒たちがそういう悩みを抱えていることを少しも知らなかったそうです。

 これは決して、原子力防災の八キロとか十キロの問題ではない、五十キロ、一〇〇キロ圏でそういうことがいっぱい起きているのです。そういう悩みを今の中学生、高校生が持っていることを絶えず知っていてほしいのです。

 

 

先日ニュースにてフランス、シラク大統領が地球温暖化問題でEUの温暖化対策に

「核も持続可能なエネルギーだ!それを認めるべきだ」という発言をしているのを見ました。

何を言っているんだ??

何の話だ?と。

 

どこが持続可能だ!! 放射能廃棄物が出る核エネルギーはどこが持続可能だ。

上の動画でも見てみろ!!!シラク!


 

フランスは特に核推進国で、原子炉や再処理施設など多くの施設がある。

政治的なアピールとはいえ、これ以上の地球の負になる嘘はつかないで欲しい。

 

平井憲夫氏の抜粋談話

 

私自身が二〇年近く、現場の責任者として、働く人にオウムの麻原以上のマインド・コントロール、「洗脳教育」をやって来ました。何人殺したかわかりません。みなさんから現場で働く人は不安に思っていないのかとよく聞かれますが、放射能の危険や被曝のことは一切知らされていませんから、不安だとは大半の人は思っていません。体の具合が悪くなっても、それが原発のせいだとは全然考えもしないの